俳句の作り方 水鶏の俳句

     叩けども叩けども水鶏許されず  高浜虚子たかはまきょし

    たたけども たたけどもくいな ゆるされず

    水鶏くいなが夏の季語。

     「ツル目クイナ科の鳥の総称。

    水鶏、緋水鶏などがあるが和歌などに詠まれてきたのは緋水鶏です。

    顔面から腹にかけて赤栗色。足は赤。

    沼や沢などの湿地に好んで棲息する。

    繁殖期の夜に、雄がキョッキョッキョッと戸を叩くような声で鳴く。

    それを『水鶏叩く』という」

    (俳句歳時記 夏 角川書店編)

 

 

     水鶏を詠んだ平安時代の和歌2首をご紹介します。

    小少将こしょうしょうの君と紫式部の贈答歌です。

    まずは小少将の君の和歌。

    「天の戸の月の通ひ路ささねどもいかなるかたにたたく水鶏ぞ

    身分の高い人たちの通路(宮中の通路)も閉ざしていないのに

    水鶏はだれの局つぼねの戸を叩いているの。

    槙の戸もささでやすらふ月影になにをあかずとたたく水鶏ぞ

    槙の戸も閉ざさないでいる美しい月明かりの夜に

    水鶏は何を不満げにたたき続けているのでしょう。(紫式部の返歌)」

    (Googleより)

 

 

     掲句の句意を申し上げます。

    家の中に入れてほしいと水鶏は何度も何度も戸を叩くように鳴いている。

    けれどもそれは許されない。

 

 

     この句には「あはれ」を感じさせます。

    しみじみとした趣があり、しみじみと湧きあがって来るものがあります。

    と申しますのも水鶏の悲哀が美しく詠まれているからです。

     水鶏は雌を呼ぶためにも鳴きます。

    この句ではなかなか伴侶を得られない様子がうかがえます。

    それもまた悲しい。

     叩けども叩けども水鶏許されず

 

 

     高浜虚子について・・・。

    1874年明治7年生まれ、1959年昭和34年没。

    『ホトトギス』の理念となる客観写生と花鳥諷詠を提唱した。

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